VUCA時代における「学びほぐし」のマインドセットと目標設定：経験知を未来へ活かす
VUCAと呼ばれる予測不能な時代において、ビジネス環境はかつてないスピードで変化しています。長年の経験と実績を積み重ねてきたプロフェッショナルの方々も、これまでの知見だけでは対応しきれない新たな課題に直面する機会が増えているのではないでしょうか。過去の成功体験や確立された思考パターンが、時には変化への適応を妨げる「重荷」となりうるという認識が広がっています。
この状況を乗り越え、持続的にキャリアを発展させていくためには、単に新しい知識やスキルを習得する「学び直し（リラーニング）」だけでなく、既存の知識や思考習慣を意識的に手放す「学びほぐし（アンラーニング）」の重要性が高まっています。本稿では、VUCA時代におけるアンラーニングの必要性と、それを実践するためのマインドセット、そして不確実な状況下での目標設定について考察します。
VUCA時代におけるアンラーニングの必要性
アンラーニングとは、文字通り「学ぶことをやめる」あるいは「一度学んだことを手放す」プロセスです。これは、忘れることとは異なります。新しい状況に対応するために、これまで有効だった知識やスキル、思考の枠組みを意識的に見直し、必要に応じて手放し、あるいは修正することを意味します。
なぜ、経験豊富なプロフェッショナルにとってアンラーニングが特に重要になるのでしょうか。それは、長年の経験によって培われた強固な知識体系や成功パターンが、無意識のうちに新しい情報や異なるアプローチを受け入れる障壁となりうるからです。過去の「正解」が、未来の「不正解」となる可能性を常に考慮する必要があります。
VUCA環境下では、既存のフレームワークや定石が通用しない状況が頻繁に発生します。このような時、過去の経験に基づく迅速な判断が有効な場合もあれば、むしろ過去の成功体験に固執することが、新しい解決策を見出す妨げになる場合もあります。アンラーニングは、こうした過去の知見の「負債化」を防ぎ、変化に柔軟に対応するための基盤を築くために不可欠なプロセスと言えます。
アンラーニングを促進するマインドセット
アンラーニングを効果的に行うためには、特定の心理的な構え、すなわちマインドセットが求められます。これは、長年培ってきた思考の癖を見つめ直し、変化を受け入れる準備をすることに他なりません。
第一に、謙虚さと好奇心です。これまでの経験に自信を持つことは重要ですが、同時に自身の知識や経験にも限界があることを認め、未知の領域に対して謙虚な姿勢を持つことが出発点となります。新しい情報や異なる視点に対して「学ぶことがあるかもしれない」という好奇心を持つことが、既存の枠組みから一歩踏み出す原動力となります。
第二に、変化への受容と不確実性への耐性です。VUCA時代は変化そのものが常態であり、予測不可能な出来事は避けられません。変化を脅威として捉えるのではなく、探求すべき対象、あるいは自己成長の機会として捉え直すマインドセットが有効です。完璧な情報がない中での意思決定や、計画通りに進まない状況を受け入れる耐性を養うことも重要です。
第三に、自己内省とフィードバックの活用です。自身の思考パターンや成功・失敗の根本原因を深く内省する習慣を持ちます。さらに、他者からのフィードバック、特に自身にとって耳の痛い意見にも真摯に耳を傾け、自己認識を更新していく姿勢が不可欠です。
不確実性下での目標設定アプローチ
アンラーニングのマインドセットを養いつつ、VUCA時代において効果的な目標を設定するためには、従来型の固定的・長期的な目標設定だけでなく、より柔軟で適応的なアプローチを取り入れる必要があります。
VUCA環境下での目標設定では、「何を達成したいか」だけでなく、「なぜそれを達成したいのか」という目的（パーパス）や、「どのような状態を目指すのか」という方向性を明確にすることが出発点となります。目的や方向性は、外部環境が変化しても比較的揺るぎにくい、行動の羅針盤となり得ます。
具体的な目標設定においては、以下のようなアプローチが有効です。
- アジャイルな目標設定: 長期的なグランドデザインを持ちつつも、それをより短いサイクルでの達成可能な目標（スプリント目標など）にブレークダウンします。各サイクルの終わりに状況を評価し、次のサイクルの目標を柔軟に調整します。OKR（Objectives and Key Results）のようなフレームワークは、このアプローチに適しています。
- 探索的な目標: 結果が予測しにくい領域においては、具体的な成果目標だけでなく、「〜を探索する」「〜の可能性を検証する」といった探索プロセス自体を目標に設定します。これにより、予期せぬ発見や新しい機会につながる可能性を高めます。
- 学習目標: 新しい知識やスキルを習得すること、あるいは特定の領域について理解を深めること自体を目標に設定します。これは、アンラーニング後のリラーニングと直結し、将来の不確実な状況に対応するための能力基盤を強化します。
- 複数のシナリオに基づいた目標設定: 将来起こりうる複数のシナリオを想定し、それぞれのシナリオにおいて有効となりうる目標や戦略を事前に検討しておきます。状況の変化に応じて、最適なシナリオとその目標に切り替える準備をすることで、変化への対応力を高めます。シナリオプランニングは、このための有効な手法です。
これらの目標設定アプローチは、過去の経験に基づいた「こうあるべき」という固定観念から離れ、未来の可能性を柔軟に探求し、自己変革を推進するために役立ちます。
まとめ：継続的な自己変革のプロセスとして
VUCA時代を生き抜く経験豊富なプロフェッショナルにとって、アンラーニングは過去の成功体験を「負債」に変えず、未来への「力」として再構成するための不可欠なプロセスです。これは、単に知識を捨てることではなく、変化を受け入れる謙虚さと好奇心、不確実性への耐性といったマインドセットを基盤とし、目的志向かつ柔軟な目標設定を通じて実践されます。
アンラーニングとそれに続くリラーニングは、一度行えば完了するものではありません。常に変化し続ける環境に対応するためには、継続的な自己内省と自己変革のプロセスとして捉える必要があります。自身の経験を活かしつつも、新しい視点を積極的に取り入れ、「学びほぐし」と「学び直し」を繰り返していくことが、VUCA時代におけるキャリアの継続・発展の鍵となるでしょう。変化を恐れず、自己をアップデートし続ける姿勢こそが、不確実な時代を乗り越える羅針盤となるはずです。