VUCA時代における自己効力感の維持・向上:経験知を土台とするマインドセットと実践的な目標設定
VUCA(Volatility, Uncertainty, Complexity, Ambiguity)と呼ばれる不確実で予測困難な時代において、長年の経験を積んだビジネスパーソンの方々も、キャリアや自身の能力に対する漠然とした不安を感じることがあるかもしれません。かつて通用した知見や成功体験が、急速な変化の中で相対化され、時に陳腐化しているのではないかという感覚は、経験に裏打ちされた自信を揺るがす可能性を秘めています。
このような状況下で、プロフェッショナルとして能力を発揮し続け、変化に適応していくためには、「自己効力感」(Self-efficacy)をいかに維持・向上させていくかが重要な鍵となります。自己効力感とは、特定の状況において求められる行動を遂行できるという、自己に対する信頼や確信のことです。これは単なる楽観主義ではなく、自身の能力を適切に認識し、困難な状況でも目標達成に向けて粘り強く取り組むための内的な羅針盤となります。
VUCA時代になぜ自己効力感が揺らぐのか
経験豊富なプロフェッショナルは、過去の成功体験や蓄積された知識、スキルによって高い自己効力感を培ってきました。しかし、VUCA時代特有の要因が、この揺るぎないと思われた自己効力感を揺るがすことがあります。
第一に、経験知の相対化と陳腐化への危機感です。新しい技術(AI、ブロックチェーンなど)やビジネスモデルの台頭により、これまでの「正解」や「常識」が通用しなくなる場面が増えています。長年培った専門性が、変化のスピードについていけないのではないかという不安は、自己の能力に対する自信を揺るがします。
第二に、不確実性の増大による予測困難性です。未来の見通しが立てにくく、計画通りに物事が進まない状況が続くと、自身の努力や能力が結果に結びつきにくいと感じ、無力感を抱くことがあります。これは、過去の経験から得られた「やればできる」という成功体験に基づく自己効力感を損なう要因となります。
第三に、新しい知識・スキルの継続的な習得へのプレッシャーです。変化に適応するためには、常に新しいことを学び続けなければならないという要求は、時間的、精神的な負担となり得ます。特に、若い世代が得意とする領域やツールへの適応に際して、自身の学習能力や変化への対応力に疑問を感じ、自己効力感が低下することがあります。
自己効力感を支えるマインドセットの再構築
VUCA時代において自己効力感を維持・向上させるためには、強固なマインドセットの土台が必要です。特に、以下の二つの要素は重要と考えられます。
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成長志向(Growth Mindset)の強化: 能力は固定的ではなく、努力や経験、学習によって発展させられるという考え方です。VUCA時代においては、自身の経験やスキルが通用しない場面に遭遇することも少なくありません。このような時、「自分にはできない」と考えるのではなく、「今はできないが、学べばできるようになる」という成長志向を持つことが重要です。新しい挑戦を失敗を恐れずに受け入れ、そこから学びを得る姿勢は、自己効力感を高める循環を生み出します。
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経験知の「解釈の柔軟性」: 過去の経験は貴重な財産ですが、その解釈をVUCA時代の文脈に合わせて柔軟に見直す必要があります。過去の成功体験を単なる「正攻法」として固執するのではなく、「特定の条件下で有効だったアプローチ」として捉え直します。また、失敗体験についても、「自分の能力不足」と捉えるのではなく、「未知の状況から重要な示唆を得られた機会」として前向きに解釈し直すことで、困難への対処能力に対する自信を養うことができます。
経験知を活かした自己効力感向上の実践的アプローチ
経験豊富なプロフェッショナルが自身の経験知を活かしつつ、VUCA時代に自己効力感を高めるための具体的なアプローチをいくつかご紹介します。
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成功体験の「棚卸し」と「要素分解」: これまでのキャリアにおける成功体験を振り返り、単に「うまくいった」という事実だけでなく、「なぜうまくいったのか」「どのような能力、スキル、判断、行動が貢献したのか」「当時の状況はどうだったか」といった要素を具体的に分解して分析します。これにより、自身の核となる強みや、再現性のある成功パターン(ただし文脈依存性を考慮)を言語化できます。この「棚卸し」は、自身の能力を客観的に再認識し、不確実な状況でも発揮できるポータブルなスキルへの自信につながります。
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新しい経験の「小さな成功」を積み重ねる: VUCA時代に適応するためには、これまでに経験のない新しい領域に足を踏み入れる必要があります。最初から大きな成果を目指すのではなく、学習プロセスの各段階や、新しいタスクにおける小さな成功(スモールウィン)を意識的に設定し、達成感を積み重ねていくことが有効です。例えば、新しいツールを一つ使えるようになる、関連書籍を読み終える、オンラインセミナーに参加してみるなど、実現可能で具体的な目標を設定します。これらの小さな成功体験が、「新しいことでも自分はできる」という感覚を育み、自己効力感を強化します。
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役割モデルからの学習と適用: VUCA時代において変化に適応し、活躍している同僚や後進、あるいは社外の人物などを役割モデルとして観察し、学びを得ることも有効です。彼らがどのように新しい情報を取り入れ、どのように意思決定を行い、どのように困難に対処しているのかを分析します。そして、その学びを自身の状況に合わせて適用することを試みます。他者の成功や適応プロセスを理解することは、自身の可能性を広げ、模倣可能な具体的な行動指針を得ることにつながります。
VUCA下での自己効力感を高める目標設定
不確実性の高いVUCA時代における目標設定は、従来の固定的な長期計画だけでは機能しにくい側面があります。自己効力感を維持・向上させるためには、変化に対応できる柔軟で実践的な目標設定が求められます。
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アジャイルな目標設定: 長期的なビジョンを持ちつつも、実行計画は短期的なサイクル(例えば数週間〜数ヶ月)で見直しを行うアジャイルなアプローチを取り入れます。これにより、予期せぬ変化が生じても、計画を柔軟に修正し、目標達成に向けた方向性を維持しやすくなります。計画の変更は失敗ではなく、「状況に応じた最適な軌道修正」として捉えるマインドセットが重要です。
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プロセスの目標化: 結果だけではなく、目標達成に向けたプロセスそのものにも目標を設定します。例えば、「新しいスキルを習得する」という結果目標に対し、「毎日30分関連文献を読む」「週に一度、〇〇の練習をする」といった具体的な行動目標を設定します。プロセス目標の達成は、結果がすぐに現れない状況でも、自身の進捗や努力を実感することを可能にし、自己効力感の維持につながります。
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ストレッチ目標と学習目標のバランス: 現状維持に留まらない「ストレッチ目標」(少し背伸びを必要とする挑戦的な目標)を設定することは、自身の能力を拡張し、達成時に大きな自己効力感を得る機会となります。同時に、VUCA時代には結果が不確実なことも多いため、「学習目標」(新しい知識やスキルを習得すること自体を目的とする目標)も重視します。結果の成否にかかわらず、学ぶこと自体に価値を見出す姿勢は、自己成長の継続を支え、自己効力感を内側から強化します。
まとめ:VUCA時代を力強く生き抜くための自己効力感と実践
VUCA時代において、経験豊富なプロフェッショナルが自己効力感を維持・向上させることは、変化への適応、キャリアの継続・発展にとって極めて重要です。過去の経験知を貴重な財産としつつも、その解釈を柔軟にし、新しい視点を取り入れるマインドセットを培うことが出発点となります。
そして、成功体験の棚卸し、新しい経験におけるスモールウィンの積み重ね、役割モデルからの学習といった実践的なアプローチを通じて、自身の能力に対する信頼を再確認し、強化していきます。目標設定においては、結果だけでなくプロセスにも焦点を当て、アジャイルな思考を取り入れることで、不確実な状況下でも主体的に取り組み続けられる状態を作り出します。
VUCA時代は挑戦の時代であると同時に、自身の可能性を再発見し、プロフェッショナルとしての深みを増す機会でもあります。自己効力感を羅針盤として、変化を恐れず、学びと実践を継続していくことで、この予測困難な時代を力強く、そしてしなやかに生き抜いていくことができるでしょう。